否定と肯定 評価と感想/冷静な弁護団と感情的な依頼人

否定と肯定 評価と感想
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法廷劇として面白いが思うところもあり ☆4点

デボラ・E・リップシュタットの回想録「History on Trial: My Day in Court with a Holocaust Denier」を元にしたアーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件の映画化で、監督はミック・ジャクソン、主演はレイチェル・ワイズ

予告編

映画データ

否定と肯定 (2016):作品情報|シネマトゥデイ
映画『否定と肯定』のあらすじ・キャスト・評価・動画など作品情報:ナチスドイツによるホロコーストをめぐり、欧米で論争を巻き起こした裁判を基に描かれた法廷劇。
https://eiga.com/movie/86500/

本作は2017年12月8日(金)公開で全国21館での公開です。
2018年3月頃まで順次公開されるようで最終的には46館ほどでの公開となるようです。

アメリカでは2016年9月30日(金)に5館で限定公開されて、10月21日(金)から648館で拡大公開されてるので1年以上前の作品です。

TOHOシネマズシャンテで予告編は見てて面白そうだなと思ってました。

監督はミック・ジャクソン
ケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストンの『ボディガード』で有名ですね。

逆にいうとこれくらいしか知らないかもしれない。
2000年代はテレビ映画を主に手掛けてて久々の劇場映画のようです。

主演はレイチェル・ワイズ
近作は『グランドフィナーレ』『光りをくれた人』を観てます。

共演にティモシー・スポール
『ハリー・ポッター』シリーズのピーター・ペティグリュー(ネズミ)役の方ですね。
『ターナー、光に愛を求めて』で第67回(2014年)カンヌ国際映画祭男優賞を受賞してます。

共演にトム・ウィルキンソン
近作は『グランド・ブダペスト・ホテル』『キングコング:髑髏島の巨神』を観てます。

他に共演と配役は以下の通りです。

デボラ・E・リップシュタット: レイチェル・ワイズ
デイヴィッド・アーヴィング: ティモシー・スポール
リチャード・ランプトン: トム・ウィルキンソン
アンソニー・ジュリアス: アンドリュー・スコット
ジェームズ・リブソン: ジャック・ロウデン
ローラ・タイラー: カレン・ピストリアス
サー・チャールズ・グレイ: アレックス・ジェニングス

あらすじ

1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学でユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)の講演が行われていた。彼女は自著「ホロコーストの真実」でイギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)が訴える大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”の主張を看過できず、真っ向から否定していた。

アーヴィングはその講演に突如乗り込み彼女を攻め立て、その後名誉毀損で提訴という行動に出る。異例の法廷対決を行うことになり、訴えられた側に立証責任がある英国の司法制度の中でリップシュタットは〝ホロコースト否定論“を崩す必要があった。彼女のために、英国人による大弁護団が組織され、アウシュビッツの現地調査に繰り出すなど、歴史の真実の追求が始まった。

そして2000年1月、多くのマスコミが注目する中、王立裁判所で裁判が始まる。このかつてない歴史的裁判の行方は…

(公式サイトhttp://hitei-koutei.com/story/より引用)

ネタバレ感想

実話なので「デイヴィッド・アーヴィング」でググると2番目に事件について出てきますね。

参考 アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件 – Wikipedia

参考 デイヴィッド・アーヴィング – Wikipedia

裁判の内容はウィキペディアの方が詳しいと思います。

まず日本と違うところは、イギリスの名誉毀損訴訟では被告側に立証責任があること。
ユダヤ人だけどアメリカ国籍のデボラはまずそこに驚きます。
「訴えられたのに自分が証明しなきゃいけないの?」と。
日本人から見ても理不尽な気がしますが、イギリスではそうみたいです。

それから本作では大弁護団が結成されるのですが、弁護士も事務弁護士と法廷弁護士に別れます。
最初に依頼するアンソニー・ジュリアスは事務弁護士でダイアナ妃の離婚調停の代理人を務めた有名弁護士です。
アンソニーは「僕は法廷に立たないよ」と言って、法廷弁護士のリチャード・ランプトンを連れてきます。
ややこしいぞイギリス。

かくして被告側のデボラに大弁護団が結成されます。
デボラは大弁護団なので費用がかさみますが、ユダヤ人の支援者たちがお金を出してくれます。
スティーヴン・スピルバーグも出してくれます。

対する訴えた原告側デイヴィッドは自身が弁護人を務めるというローコスト。
もう最初から割に合わないぞ、この裁判。

デボラの有力支援者も「ダイアナ妃の弁護人という名前に釣られて依頼してない?」とか言ってきます。
というのもアーヴィングはあっちこっちで訴えてて、その殆どが示談してるんですね。
イギリスで訴えられると面倒なので、訴えられた人はイギリス版の書籍からはアーヴィングへの中傷を削除して出版したりします。
受けて立ったら裁判費用もかさむし、何より同じ土俵に上がらないということです。
土俵に上がれば自ずとアーヴィングにも注目が集まりますから、売名にはちょうどいい訳です。
このときと同じです。

大阪市役所に批判電話鳴りやまず... 在特会との「罵り合い」で橋下市長イメージダウン
大阪市の橋下徹市長と「在日特権を許さない市民の会」(在特会)桜井誠会長との「面談」後、大阪市役所市民局の電話が鳴りっぱなしだ。面談中の言葉づかいや態度が「市長にふさわしくない」などとして、批判的な意見が相次ぎ寄せられているという。電話9台で...
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結局この時って橋下さんが株を落としただけですよね。

でも映画内では正義感が強くプライドも高いデボラが受けて立っちゃったので、この裁判は大変注目を浴びることになります。

弁護団の方針としてはホロコーストがあったことを証明するのでは無くて、あくまでアーヴィングが事実を故意に捻じ曲げてホロコーストは無かったと主張してるということを証明しようとするんですが、感情的なデボラはアーヴィングを論破してやりたいと思ってるので、弁護方針に不満を抱くんですね。

裁判中に強制収容所に連行された生存者が「私たちも証言する」ってデボラに言ってくると、感情的なデボラは「任せて、証言台に立たせてあげる」とか言っちゃうので、被害者側なんですけど見ててイライラするのです。
将棋で言えば穴熊囲いするって決めたのに、玉であるデボラが「え、私が前に出て進めないの?」とか言っちゃうのでヤキモキするんです。

裁判中も大人しくしてくれればいいのに、「私はアメリカ人だからお辞儀はしない」とか言って開廷時の礼を拒否したり、弁護人の主張に大きく頷いたり、反対にアーヴィングの主張に呟いたり、いちいち見たりするので心証が悪いのです。

弁護団はなぜデボラにも喋らせない、生存者にも証言させないという弁護方針を取っているかと言うと、アーヴィングという人は論点をずらしてくるのが非常に上手いんですね。
論点をずらして揚げ足を取ることに長けていて感情を揺さぶってくるので、理路整然としていて冷静な人じゃないと太刀打ちできないんです。
話が進んでいくとその人こそが法廷弁護士のリチャードだと分かって、ようやくデボラも大人しくなります。

それと弁護団がなぜこういう弁護方針を取ってるかのもう一つの理由に、表現の自由があります。
デボラには承服できないようでしたが、「ホロコーストは無かった」とアーヴィングが主張するのは自由なんです。
デボラはそれをやめさせようと履き違えてるので、弁護団の方針と一致しないんですね。

事務方のアンソニーたちは、アーヴィングの著作を調べて、アーヴィングが自説を主張するために事実を捻じ曲げて引用してることや、事実を知りながら敢えて触れてない点などを証明します。
またそれと並行して、アーヴィングの日記や過去の講演資料から差別主義者との関わりを明らかにして、アーヴィングの人間性も証明します。

判決は原告の訴えを退けて被告の全面勝訴です。
要は、「アーヴィングは嘘つきで差別主義者である」と言っても事実だから名誉毀損には当たらないよ、ということです。

映画は被告側が勝ったところで終わるので、そのあとは描かれてないのですが、アーヴィングは裁判に負けたことでデボラと出版社に200万ポンドの支払い義務が生じ2002年に破産したそうで、2006年にはオーストリアで逮捕されて禁固3年の計に処されてます。
アーヴィングはもうその頃にはホロコーストはあったと言ってるんでムチャクチャです。

本作の原題は「DENIAL」で否認、否定、拒否、拒絶とかという意味です。
対して邦題は『否定と肯定』です。
これはデボラも履き違えたように認めるところは認めようよということだと思います。
「ホロコーストは無かった」と眉をひそめるような主張してくる人にも表現の自由は与えられています。
そこを認めず感情的になって、「そんな発言は許されない」とやってしまうと、「あった、なかった」とは別に、表現の自由を奪われたという新たな対立軸を生み出してしまいます。

最近のニュースを見ていても、何か対立が起きると双方が自らを肯定し、相手を100%否定するだけなので、どこまでいっても平行線になってることが多いように思います。
交通事故の過失相殺のように、ケースバイケースで50対50だったり70対30だったりすることもあると思うのですが、お互い100対0を主張するので妥協点が見つけられずにいます。

また報道のされ方も100か0かで論じられていることが多くて違和感を覚えます。

本来、他者を肯定することは理解を深めることにも繋がると思うのですが、世界が右傾化してるのもそれが薄れてきてるからじゃないかと思います。

本作『否定と肯定』は否定を突き付けてくる人に、どのような対応をすればいいのかを考えさせられる映画になってると思います。

鑑賞データ

TOHOシネマズシャンテ シネマイレージデイ 1400円
2017年 204作品目 累計220000円 1作品単価1078円

コメント

  1. 通りすがり より:

    「否定と肯定」の感想を色々と読んでいたのですが、eigamanzaiさんの書かれる内容が一番自分の心にしっくりときました。
    特にこの映画の原題と邦題についても議論されていますが、私はホロコースト映画のタイトルとして見るより、デボラとイギリス弁護団との関係を表す「否定と肯定」なのではないかと見ていたので、最後の一文に自然とうなずくばかりです。
    「相手を100%否定するだけでは平行線のまま」、もっともだと思います。
    ホロコーストの話題ばかりが先行してしまった作品ですが、どちらかといえばデボラと弁護団の関わりと交流を見て欲しいし、アーヴィングのほぼクレーマーに近い弁論に対する弁護団のプロの手腕の凄さを見て欲しいと思います。

    他の作品のレビューも大変面白く読ませて頂きました。
    (ダンケルク、私も大好きな作品でした!同じ映画を3回も見に行ったのは初めてです)
    ブックマークしましたので、今後も更新を楽しみに読ませて頂きます♪

    • eigamanzai より:

      通りすがりさん

      嬉しいコメントありがとうございます。
      自分の意見に同意してくれる方がいると心強いです。
      邦題、議論されてましたね。
      ホロコーストが有った、無かったの否定と肯定と勘違いされてる方が結構見受けられました。
      アーヴィングのような人に対応する方法は、現在の日本ではかなり重要なんじゃないかと思います。
      見習うべきは弁護団の冷静さでした。

      他のレビューも読んでいただいてありがとうございます。
      時々、酷評することもあるブログですが、楽しんで読んでいただけたらと思います。
      この度は、本当に嬉しいコメントありがとうございました。