チョコレートドーナツ 評価と感想/素晴らしい映画です

映画 チョコレートドーナツ 評価と感想

無償の愛に涙 ☆5点

予告編

『チョコレートドーナツ』予告編

映画データ

チョコレートドーナツ (2012) - シネマトゥデイ
1970年代アメリカの実話を基に、母親に見捨てられたダウン症の少年と一緒に暮らすため、司法や周囲の偏見と闘うゲイカップルの姿を描いた人間ドラマ。
チョコレートドーナツ|映画情報のぴあ映画生活
『チョコレートドーナツ』は2012年の映画。『チョコレートドーナツ』に対するみんなの評価やクチコミ情報、映画館の上映スケジュール、フォトギャラリーや動画クリップなどを紹介しています。

あらすじ

1979年、カリフォルニア。
ある夜、ポール(ギャレット・ディラハント)はシンガーを夢見ながらもダンサーとして働いているルディ(アラン・カミング)と出会う。ふたりはすぐに惹かれあい、たちまち恋に落ちた。

「夢はベッド・ミドラーのようなシンガーになること」 「なるべきだ」
「法律を学び世界を変えようとこの街へ来た」 「世界は変えられた?」

ルディが暮らすアパートの隣には、ダウン症の子ども・マルコ(アイザック・レイヴァ)が住んでいた。ある夜、大音量で音楽をかけっぱなしのままマルコをひとり残し、薬物依存症の母親は男といなくなってしまう。翌朝、ルディが騒音を注意しに乗り込んだ部屋には、ただ小さくうずくまり母親の帰宅を待つマルコがいた。

ルディはポールに助言をもらおうと、ポールが働く検事局に向かう。しかし、ポールからは、「家庭局に連絡してマルコを施設に預けろ」と言い捨てられる。失望したルディがアパートに戻ると、マルコの母親は薬物所持で逮捕されていた。そして、マルコはお気に入りの人形・アシュリーを抱きしめたまま、強制的に施設に連れて行かれてしまう。

翌日、ルディとポールは再会する。昨日の言葉を詫びるポール。お互いが歩んできた人生をそれぞれ打ち明けて、ふたりはさらに深い結びつきを確信する。その帰り道、夜の街をひとり歩くマルコがいた。家に戻ろうと、施設を抜け出していたのだ。「薬物依存の母親もダウン症に生まれたこともマルコのせいじゃない」と憤るルディ。そして、ポールとルディは“いとこ”と関係を偽り、マルコとともに暮らし始める。

「夕食にドーナツなんて体に悪いわ」 「ちょっとなら問題ないよ」

マルコは初めて学校に通い始める。ポールはマルコの宿題を手伝い、ルディは毎朝朝食を作り、眠る前にはハッピーエンドの話を聞かせて眠らせる……。まるで本当の両親のように、ふたりはマルコを愛し、大切に育てた。

「キスは小さな幸運のおまじない。でもね、その小さな幸運が物を言うの」

ルディはポールから贈られたテープレコーダーでデモテープを作る。マルコと送ったそのテープがクラブオーナーの目にとまり、シンガーの夢をつかむ。
3人で暮らし始めて約1年が経ったある日、ポールとルディがゲイのカップルであることが周囲に知られてしまう。ふたりの関係を偽ったことが原因で、マルコは家庭局に連れていかれ、ポールは仕事を解雇されてしまう。

「これは差別なのよ」 「差別じゃない。現実だ」

絶望にくれるふたり。しかし、「今こそ、法律で世界を変えるチャンス」というルディの言葉を聞き、ポールは正義で世界を変えたい、と法を学んでいた時の情熱を取り戻す。そして、差別と偏見で奪われたマルコを取り戻すため裁判に挑むことを決心するのだった――。

公式サイトより引用)

ネタバレ感想

アラン・カミング演じるルディが包むマルコへの無償の愛は、穏やかな母親の胎内にいるような心地良さで、なぜだか涙が止まりませんでした。
おいおい泣くという感じでは無くてじわーっとくる感じです。

映画を観てると理解できない(説明されない)点があると思いますが、自分は97分という尺の中で上手くまとまっていると思いました。

理解できない点として、まず、なぜポールがルディに惹かれたのか?があると思いますが、そこを突かれるともう…。
男女の愛にしてもそうですが、理屈じゃないですよね。
容姿が好みだ、一目ぼれした、歌声が素敵だ。
理由は何だってあると思うんです。

一応、映画ではなぜ弁護士になったのかというポールの過去がさらっと語られているので、観客はそこは想像するところかなぁと。

ゲイであることをカミングアウトできずにいるポールと、歌手になることを夢見てナイトクラブのショーダンサーとして働くルディが惹かれ合うのは私にはすんなりと入ってきました。

そしてもう一つの理解できない点として、ルディが様々な障害を乗り越えてまで、なぜマルコを引き取ろうとするのか?ですが、これも理屈じゃないですよね。
無償の愛。

日々の生活に精一杯で家賃も滞納気味のルディ。
そんなルディのアパートの隣人はネグレクトしてる母親。
いつも大音量で音楽を流し劣悪な環境で子供と暮らしている。

ある日あまりにも音がうるさいので隣の部屋に注意しにいくと、母親の姿はなく女の子の人形を大事に抱えているダウン症の男の子一人。
母親が戻ってくるまで一人にしてはおけないと、面倒を見てるうちにマルコと心を通わせるルディ。

結局なかなか戻らない母親は麻薬で逮捕されていて、マルコは家庭局の福祉施設に入れられるという。

ルディとポールが夜中車で帰る途中、福祉施設にいるはずのマルコを見つける。
マルコは家に帰る途中だと言う。
母親は逮捕されて戻る家もないということを認識できておらず、家への方角まで間違って歩いているマルコ。
そんなマルコを福祉施設には任せておけないと引き取って育てることを決意するルディ。

物語の前半は弁護士であるポールの知識のお蔭もあって、合法的にマルコを養育します。
マルコが14歳から15歳までの1年間、ルディ、ポール、マルコの3人は夢のような幸せな時間を過ごします。
しかしそれは長く続かず、ルディとポールがゲイのカップルであることが露呈すると、正しく養育しているにも関わらず、理不尽な偏見によってマルコと引き離されてしまいます。

物語の後半はゲイであることを公にしたポールとルディが、マルコを取り返すべく奮闘する法廷劇となります。
マルコの幸せを一番に考えなければならないのに、それをないがしろにして進んでいく法廷に真っ向から挑んでいくポールとルディに心打たれました。

物語の結末はネタバレになるので書きませんが、とても悲しいものです。

この映画、理不尽なことが多く辛く悲しいですが、観客の気持ちを代弁してくれてるかのような、特殊学校の先生の存在に少し救われた気がしましたし、この先生のようにありたいと思いました。

鑑賞データ

シネスイッチ銀座 1日映画サービスデー 1100円

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