北野映画的な雰囲気で現代アメリカ社会をぶった斬る ☆5点
第74回ヴェネツィア国際映画祭脚本賞とトロント映画祭2017観客賞を受賞したクライムサスペンス。
監督はマーティン・マクドナー、主演にフランシス・マクドーマンド、共演にウディ・ハレルソンとサム・ロックウェル
予告編
映画データ
本作は2018年2月1日(木)公開で、全国127館での公開です。
予告編は結構前(昨年の10月末とか11月頭)から、よく目にしていて面白そうと思いましたが、最初に予告見たときはコーエン兄弟の新作だと思いました(笑)
公開が近づいてきて、1月7日にゴールデングローブ賞で4部門受賞、1月23日にアカデミー賞ノミネート作品が発表されると、作品賞や主演女優賞をはじめ7部門にノミネートされ、更に注目されてきた気がします。
監督はマーティン・マクドナー
初めましての監督さんです。
イギリスとアイルランドの国籍を保有している劇作家・脚本家で、現代アイルランド文学においては存命の劇作家として最も重要な1人と言われてるそうです。
商業映画は『ヒットマンズ・レクイエム』『セブン・サイコパス』に続いて本作が3作目となります。
北野武監督の大ファンだそうで、そのことは鑑賞後に知ったのですが、その辺のことはネタバレ感想のところで書いてみようと思います。
主演はフランシス・マクドーマンド
近作は『ムーンライズ・キングダム』『プロミスト・ランド』『ヘイル、シーザー!』を観てます。
1984年にジョエル・コーエンと結婚して、1996年の『ファーゴ』でアカデミー主演女優賞受賞をしてます。
共演にウディ・ハレルソン
近作は『トリプル9 裏切りのコード』『スウィート17モンスター』を観てます。
共演にサム・ロックウェル
名前は聞いたことありますが、顔がピンとこない感じで、作品も『グリーンマイル』とかの古いのしか見てない感じです。
ゲイリー・オールドマンとかエドワード・ノートンと被ってる感じもします。
共演にケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
近作は『アンチヴァイラル』『神様なんかくそくらえ』『バリー・シール/アメリカをはめた男』『ゲット・アウト』を観てます。
他に共演と配役は以下の通りです。
ミルドレッド(主人公): フランシス・マクドーマンド
ウィロビー(署長): ウディ・ハレルソン
ディクソン(巡査): サム・ロックウェル
アン(署長の妻): アビー・コーニッシュ
チャーリー(主人公の元夫): ジョン・ホークス
ジェームズ(小人): ピーター・ディンクレイジ
ロビー(主人公の息子): ルーカス・ヘッジズ
レッド(広告社): ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
アンジェラ(主人公の娘): キャスリン・ニュートン
デニス(主人公の同僚): アマンダ・ウォーレン
ペネロープ(元夫の恋人): サマラ・ウィーヴィング
警察官: ジェリコ・イヴァネク
アバークロンビー(新署長):クラーク・ピーターズ
あらすじ
アメリカはミズーリ州の田舎町エビング。さびれた道路に立ち並ぶ、忘れ去られた3枚の広告看板に、ある日突然メッセージが現れる。──それは、7カ月前に娘を殺されたミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)が、一向に進展しない捜査に腹を立て、エビング広告社のレッド・ウェルビー(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)と1年間の契約を交わして出した広告だった。
自宅で妻と二人の幼い娘と、夕食を囲んでいたウィロビー(ウディ・ハレルソン)は、看板を見つけたディクソン巡査(サム・ロックウェル)から報せを受ける。一方、ミルドレッドは追い打ちをかけるように、TVのニュース番組の取材に犯罪を放置している責任は署長にあると答える。努力はしていると自負するウィロビーは一人でミルドレッドを訪ね、捜査状況を丁寧に説明するが、ミルドレッドはにべもなくはねつける。
町の人々の多くは、人情味あふれるウィロビーを敬愛していた。広告に憤慨した彼らはミルドレッドを翻意させようとするが、かえって彼女から手ひどい逆襲を受けるのだった。今や町中がミルドレッドを敵視するなか、彼女は一人息子のロビー(ルーカス・ヘッジズ)からも激しい反発を受ける。一瞬でも姉の死を忘れたいのに、学校からの帰り道に並ぶ看板で、毎日その事実を突き付けられるのだ。さらに、離婚した元夫のチャーリー(ジョン・ホークス)も、「連中は捜査よりお前をつぶそうと必死だ」と忠告にやって来る。争いの果てに別れたチャーリーから、事件の1週間前に娘が父親と暮らしたいと泣きついて来たと聞いて動揺するミルドレッド。彼女は反抗期真っ盛りの娘に、最後にぶつけた言葉を深く後悔していた。
警察を追い詰めて捜査を進展させるはずが、孤立無援となっていくミルドレッド。ところが、ミルドレッドはもちろん、この広告騒ぎに関わったすべての人々の人生さえも変えてしまう衝撃の事件が起きてしまう──。
(公式サイトhttp://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/movie/story.htmlより引用)
ネタバレ感想
映画は面白かったんですけど、最初の頃の予告編でイメージしたクライムサスペンスというかクライムミステリーの方には転がらなくて、どちらかと言うと事件を軸にした人間ドラマで、最後の終わり方も正直「えっ、これで終わりなの?」と思って、何となくスッキリしなかったんですけど、映画というのは初めから終わりまでを描くのではなくて、どこかを切り取ってるならそれもいいかな?とも思いました。
正直、テーマも難しくて、何が言いたいかははっきりとは分かりませんでしたね。
映画はミルドレッドが出した3つの看板
「レイプされて死んだ」
「逮捕はまだ?」
「どうして?ウィロビー署長」
を巡る騒動を描いてます。
これ、自分も完全にミスリードされてたんですが、物語的には最後の方で犯人を匂わせておいて、実は犯人じゃなく、事件も解決しない、というものなんですが、ミルドレッドが本当に犯人を捕まえたいんだったら「目撃情報を求む」とか「有力情報に懸賞金~$」と書けばいいのですが、監督がそうしなかったということは、最初からこの物語は犯人を明らかにすることが目的では無いんですよね。
本来なら犯人に向かうべき怒りの矛先が、警察に向けられているっていう、ちょっと屈折したものになってるんですが、本質からズレたところに怒りが向けられたりする現在のSNS社会を象徴してるのかな?と思いました。
ミルドレッドの場合はミズーリ州という背景もあって、「警察は黒人いじめに忙しくて、本当の犯罪を解決していない」というのがその理由です。
しかし、この映画では次のシーンであっさり否定されます。
ウィロビー署長曰く、必要な捜査は全てしていてDNA照合をしても前科者等にヒットしなく、目撃情報もなく捜査が難航してて、理不尽だけど未解決になる事件もあると言います。
するとミルドレッドは全男性のDNA検査を義務付け、データベース化すればたちどころに事件は解決すると無茶なことを言います。
署長は「人権というものがあって~」と至極真っ当ことを言いますが、数年経って犯人が別件で逮捕されてDNA照合に引っ掛かったり、酒場や刑務所等で過去の犯罪自慢をして解決に結び付くこともあると希望も提示します。
話が進んでいくと分かるのですが、ウィロビー署長は人格者で、予告編ではミルドレッドにやりすぎだと言いますが、理解を示してる部分もあって、それはあとで分かります。
一方、ミルドレッドを非難してる人、ディクソンだったり神父だったり歯医者だったりは、署長に忖度して勝手に非難していて、ミルドレッドからは悉くしっぺ返しを食らいます。
神父に言い返すところは分かりやすいですよね。
神父による少年への性的虐待を放置していて他人を非難する資格はあるのかと言うと、神父は言い返せません。
歯医者には歯がグラグラすると伝えると、調べもせずに抜こうとして、事情も知らずに非難することへの比喩になってます。
因みに歯医者のシーンは『アウトレイジ』の石橋蓮司さんのシーンのパロディですよね。
このあとウィロビー署長がミルドレッドに「歯医者に治療に行ったのか?」と聞きますが、麻酔で麻痺した口で「違うわ」と言うところなんて完全にたけしさんのギャグです(笑)
ミルドレッドは非難してくる者に対しては強気でしたが、それは自責の念の裏返しでもありました。
その日、娘のアンジェラは友人らと遊びに出かけるのに車を貸して欲しいと言いましたが、ミルドレッドは自分が使うと言って断ったのでした。
「暗い夜道を歩いてレイプされたらどうするの?」と言うアンジェラに、売り言葉に買い言葉で「レイプされたらいい」と言うミルドレッド。
それ以前から母娘の関係は上手くいってなくて、アンジェラは父親と暮らしたがっていたのが明らかになると、ミルドレッドに対する見方も変わります。
昨年、自らの失火が原因で子供たちを死なせてしまった男の物語で『マンチェスター・バイ・ザ・シー』という映画がありましたが、主人公は自責の念に駆られて誰とも関わらないように孤独のうちに生きてて、本作のミルドレッドとは対照的だと感じましたが、同時に似ている部分もあって共通する物語だと思いました。
ルーカス・ヘッジズが、本作では主人公の息子役でマンチェスターでは主人公の甥役という、両作に似たような役で出演してるのも共通してると思いました。
予告編では全く出てきませんが、ウィロビー署長が末期の膵臓癌で余命いくばくもないのは、本編の割と早い段階や公式のツイッターで明らかにされてるので、ネタバレにはならないと思いますが、このことが物語にアクセントを与えていて物語を意外な方向に進めます。
【登場人物紹介】
2⃣ウィロビー署長地元警察の署長。町の人々の多くは、人情味あふれるウィロビーの事を敬愛している。末期ガンを抱えている。#スリービルボード pic.twitter.com/NfjVLevaix
— FOXサーチライト・ピクチャーズ (@foxsearchlightj) 2018年1月15日
ウィロビー署長は家族との思い出が、最後に看病疲れだったということにならないように、楽しい思い出を作って自殺してしまいます。
自殺のシーンで頭から袋を被ってるのは、これも『アウトレイジ』の椎名桔平さんからでしょう。
ミルドレッドが勤務するギフトショップでタバコをポイ捨てするシーンも椎名桔平さんだと思います。
拳銃自殺は『ソナチネ』ないしは最終章ですね。
ウィロビー署長が途中で退場してしまう展開には驚きましたが、この後どうなるのだろう?と物語にグイグイと引き込まれました。
ウィロビーの自殺と前後して3つのことが起こります。
1つ目は看板が何者かに燃やされること。
2つ目はディクソンがレッドに酷い怪我を負わせること。
3つ目はミルドレッドが警察署を放火することです。
またウィロビー署長は妻のアンとミルトレッドとディクソンに遺書を残します。
妻には看護疲れをさせたくなかったこと、ミルトレッドには看板のせいで自殺した訳ではないことと広告費を払っておいたこと、しかしこのタイミングで自殺したことで憶測を呼ぶであろうこと、ディクソンにはいい警察官になれる素養があることが書いてありました。
しかし、ディクソンが遺書の存在を知ったのは、ウィロビーが自殺したのを知って怒りに任せて広告社のレッドを暴行し、新署長にクビを言い渡されたあとでした。
またミルトレッドは看板が燃やされたのは警察の仕業だと思い、署内に人がいないのを確認して火を放ちますが、クビになったディクソンがウィロビーの遺書を取りに来ていたため、火事に巻き込こんでしまい酷い火傷を負わせてしまいます。
ただ、ディクソンは逃げる際にウィロビー署長の思いを知ったこともあって、アンジェラの事件に関する資料だけは燃やしてはいけないと思い持ち出すと、以降は考え方を改めるようになります。
ディクソンは炎に包まれているところをたまたま通りかかったジェームズに救われますが、ジェームズはミルトレッドのアリバイも証言して放火犯の疑いがかけられないように庇いますが、本作ではディクソンの暴行にしろ、ミルトレッドの放火にしろ、明らかに犯罪ですが逮捕されない展開になっています。
ディクソンは顔に包帯を巻かれ入院しますが、偶然にも病室はレッドと同じでした。
ディクソンだと気づかないレッドは火傷のことを心配してくれ、オレンジジュースを飲むかと勧めてくれます。
ディクソンは正直に自分がディクソンであることを告げ、暴行したことを謝罪すると、レッドは一瞬パニックになりますが冷静さを取り戻すと再びストロー付きのオレンジジュースを勧めてくれるのでした。
またミルトレッドに思いを寄せるジェームズは2人でレストランに行くと、ミルトレッドの元夫のチャリーに出くわします。
ジェームズが席を外した際に、チャリーはミルトレッドを懲らしめるために看板に火をつけたことを話すと、ミルトレッドは怒ります。
ジェームズが戻ってきても、しかめっ面で1人で問題を抱えてるミルトレッドに、ジェームズは自分はただ支えたいだけなのにと言って怒って帰ってしまいます。
ミルトレッドはワインボトルを握りしめチャーリーのテーブルに向かうと白ワインをプレゼントするのでした。
このレッドとミルトレッドのエピソードは「赦し」ですよね。
この辺から物語からは怒りが消え、赦しが覆うようになるのですが、ウィロビー署長がミルトレッドに宛てた遺書なんかは全てを見通していて、神様感があるんですよね。
ディクソンが退院して酒場で飲んでると、後ろの席で話す男が9か月前のレイプ自慢をしてます。
直感的にアンジェラの事件に関わってると判断したディクソンは、わざとその男に絡むと頬を引っ掻いてDNAを採取します。
新署長に事情を話しDNA鑑定を依頼すると、ミルトレッドにも連絡します。
ディクソンはミルトレッドに会うと、安易に期待させたくはないがと前置きした上で考察を話すと、ミルトレッドはディクソンに「ありがとう」と言います。
ここ観てたときはもちろんマクドナー監督が北野監督のファンだとは知らなかったのですが、完全に『HANA-BI』だと思いました。
観客的にはここも監督にミスリードさせられるんですが、このレイプ自慢した男はミルトレッドが勤務するギフトショップに脅しに来た男なんですよね。
この男は脅しに来た時にウィロビー署長の支持者かもしれないし、レイプ魔かもしれないし、娘の事件に関わってるかもしれないと言うんで、犯人だと思ってしまうのですが、新署長からはDNAは一致しなくて、その当時、秘密任務に就いてて砂漠がある国外にいたって言われて犯人ではなくなります。
自分はこのときちょっと穿った見方をしてしまって、一見、いい人そうに見える新署長が嘘をついてるんではないかと思ってしまったんですよね。
一見、悪そうなウィロビー署長が実はいい人で、田舎の警察署なのにパリッとスーツを着ている黒人の新署長が実は野心家で、とか。
まあ犯人を隠ぺいする理由も無いので間違ってると思いますが。
(ここは米兵によるイラク少女暴行殺害事件を暗示してるようです)
ディクソンはミルトレッドにDNAが一致しなかったことを告げますが、何らかのレイプ事件に関わってるはずと言って、その男がいるアイダホに行くと言うと、ミルトレッドも自分も偶然アイダホに行くから、一緒に行こうとなります。
道すがら、「殺すのはどう思う?」と言うと「あんまり気乗りしないな」と言い、「道々、決めていこう」と言います。
そしてミルトレッドが「警察署放火したの自分だから」と言うと、「あんた以外に誰がいるんだよ」とディクソンが言ってエンドロールに入るんで「え、これで終わりなの?」と思って映画は終わります。
最初に書いた通り、テーマは難しくて、怒りの矛先の収め方とかそういうのを描いてるのかな?と思います。
元夫チャーリーの恋人で、一番バカっぽいと思われた19歳のペネロープがレストランで「怒りは怒りを来す」と名言を吐いて、ミルトレッドが変わるというのも面白いんですが、レッドにしてもペネロープにしても若い登場人物の方が寛容さを持ち合わせていて、ある種のメッセージなのかもしれません。
映画を観ているときはシリアスな映画だと思って、ギャグっぽいところも笑えなかったんですが、マクドナー監督が北野武監督の大ファンであることを知って思い返してみると、ミルドレッドの口が汚い感じとか、まさに北野映画なんですが、演じるフランシス・マクドーマンドが上手すぎて気づきませんでしたね(笑)
ラストの感じは『キッズ・リターン』っぽいといえば、キッズリターンぽいんですけど、北野作品の初期にあったような強烈なオチに比べると弱く、映画が終わったことも分からなかったので、そこは自分的にはマイナスですかね。
ただこの作品がアカデミー賞を獲れたら面白いなぁと思います。
ヴェネツィア映画祭で金獅子賞と銀獅子賞を獲っている北野監督ですが、米国アカデミー賞は縁がありません。
本作はヴェネツィアでは脚本賞に終わりましたがアカデミー作品賞にはノミネートされました。
もし作品賞を受賞したら北野映画が間接的に受賞したみたいで嬉しいですし、北野監督も一昨年からアカデミー会員になりましたが、アカデミーから再評価されたらいいなぁと思います。
3月4日のアカデミー賞、チェックしたいと思います。
鑑賞データ
シネリーブル池袋 TCGメンバーズ会員料金 1300円
2018年 25作品目 累計14100円 1作品単価564円
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