クローネンバーグの変態性にも似た ☆4.5点
世界三大映画祭の監督賞を全て受賞のポール・トーマス・アンダーソン監督とアカデミー主演男優賞を3度受賞のダニエル・デイ=ルイスが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来10年ぶりにタッグを組んで1950年代のイギリスを舞台に架空のオートクチュールデザイナーを描いたオリジナル脚本でダニエル・デイ=ルイス引退作品。
予告編
映画データ
本作は2018年5月26日(土)公開で、全国29館での公開です。
今後順次公開されて、最終的には83館での公開となるようです。
本作も『レディ・バード』と同じで劇場では予告編を目にせず、アカデミー賞のノミネートで知った感じです。
監督はポール・トーマス・アンダーソン
世界三大映画祭の監督賞を全て受賞してる監督で、PTAとか略されて呼ばれたりしてます。
3作目の『マグノリア』でベルリン国際映画祭金熊賞、4作目の『パンチドランク・ラブ』でカンヌ国際映画祭監督賞、5作目の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でベルリン国際映画祭監督賞、6作目の『ザ・マスター』でヴェネツィア国際映画祭監督賞を受賞してます。
作品は前々作の『ザ・マスター』と前作の『インヒアレント・ヴァイス』しか観たことがありません。
主演はダニエル・デイ=ルイス
こちらもアカデミー主演男優賞を3度受賞している名優ですが、作品はほとんど見たこと無いんですよね。
おそらく『ガンジー』と『存在の耐えられない軽さ』と『ギャング・オブ・ニューヨーク』の3本しか観てないと思います。
本作で俳優業引退とのことで残念です。
共演はヴィッキー・クリープス
ルクセンブルク出身の女優さんで初めましてと思ったんですが『誰よりも狙われた男』に出てたみたいです。
あと未見ですけどエマ・ワトソン主演の『コロニア』だと5番手くらいにクレジットされてます。
共演にレスリー・マンヴィル
公式サイトのキャスト紹介の出演映画には載ってないですが、どこかで見た顔だなぁと思いましたら『ラプチャー 破裂』のドクター・ニーマン役でした。
他に共演と配役は以下の通りです。
レイノルズ・ウッドコック: ダニエル・デイ=ルイス
アルマ・エルソン: ヴィッキー・クリープス
シリル・ウッドコック: レスリー・マンヴィル
ジョアンナ: カミラ・ラザフォード
ヘンリエッタ・ハーディング伯爵夫人: ジーナ・マッキー
ドクター・ロバート・ハーディ: ブライアン・グリーソン
バーバラ・ローズ: ハリエット・サンサム・ハリス
モナ・ブラガンザ王女: ルイザ・リヒター
レディ・ボルティモア: ジュリア・ルイス
ロード・ボルティモア: ニコラス・マンダー
ピーター・マーティン: フィリップ・フランクス
ティッピー: フィリス・マクマホン
ルビオ・ゲレロ: サイラス・カーソン
ジョージ・ライリー: リチャード・グラハム
ジョン・エヴァンス: マーティン・ドゥー
記録: イアン・ハロッズ
ミセス・ヴォーン: ジェーン・ペリー
あらすじ
1950年代、ロンドン。英国ファッションの中心に君臨し、社交界から脚光を浴びる天才的な仕立て屋のレイノルズ。
ある日、レイノルズはウェイトレスのアルマと出会い、彼女を新たなミューズに迎え入れる。
彼はアルマの“完璧な身体”を愛し、彼女をモデルに昼夜問わず取り憑かれたようにドレスを作り続けた。
しかし、アルマの気持ちを無視して無神経な態度を繰り返すレイノルズに不満を募らせたアルマは、ある日朝食に微量の毒を混ぜ込む…。
やがてふたりは、後戻りできない禁断の愛の扉を開き、誰もが想像し得ない境地へと向かう。
この愛のかたちは、歪んでいるのか?それとも純愛なのか ?
華やかなオートクチュール(高級仕立服)の裏側で、映画史上もっとも甘美で狂おしい愛の心理戦がはじまる!(公式サイトhttp://www.phantomthread.jp/about.html#story_wrapperより引用)
ネタバレ感想
自分が観た前2作『ザ・マスター』と『インヒアレント・ヴァイス』は難解な作品でしたが、本作は分かりやすくて面白かったです。
いつものように事前情報を入れずに観たので、レイノルズ・ウッドコックというデザイナーがいたのかしら?と思って観てたんですが、モデルとなる人物はいるようですが、完全に架空の人物で原作もなくPTA監督の完全オリジナル脚本でした。
主人公のモデルとなった人物のざっくりしたイメージは1906年生まれのイギリス人ファッションデザイナー、チャールズ・ジェームスとのことですが名前は聞いたこと無いです。
ただファッションに興味なかったPTA監督が、戦後のオートクチュール界を題材にしようとしたきっかけは1895年生まれのスペイン人デザイナー、クリストバル・バレンシアガの伝記を読んだからだそうで、こちらは有名なブランドなので知ってます。
主人公のレイノルズは2人をモデルにしてると年齢は50代くらいだと思うんですけど独身で、同じく独身でクチュールの経営全般を仕切ってる姉のシリルと自宅兼アトリエで暮らしてます。
ウッドコック姉弟は父親を早くに亡くして母親に育てられてたんですけど、レイノルズは母親から裁縫を教わっていて、16歳のときに母親が再婚するとなってウェディングドレスを作るんですが、母親が亡くなってしまい着せてあげることが出来なかったのが心残りで、それ以来母親の亡霊(ファントム)が夢に出てきます。
レイノルズのドレス作りのモチベーションは、自分が作ったドレスを着せることが叶わなかった母親の代わりに、その時々で気に入ったモデルをミューズとして完璧なドレスを着せることで保たれていて、ミューズを見つけると姉と3人で暮らしてます。
しかしモデルの方は、妻や彼女のような存在として迎えられたと思ってるので、一向にかまってくれないレイノルズとの間に溝が出来て、自分から去っていったり姉のシリルが体よく追い出したりということが繰り返されているという設定がまずあります。
レイノルズの顧客はセレブが多いので、ひと仕事つくと姉が「気分転換に別荘に行ったら?私も後から行くから」と言います。
レイノルズはだいたい姉の言うことにはイエスなので、自分で車を運転して別荘に行くんですが、このときの車のスピードとか車内からの映像とかがちょっとヒッチコックっぽいです。
レイノルズは別荘近くに着いて朝食を摂るためにヴィクトリアホテル(ロケ地はこちら)に寄ると、そこで給仕してくれたのがアルマで一目で気に入ると夕食に誘います。
田舎娘のアルマは高級レストランに連れてってもらうと、レイノルズが有名なデザイナーであることを知り、洗練されたレイノルズにたちまち魅了されると、その日のうちに別荘に招待されます。
別荘に招待されたアルマはレイノルズに「採寸していいか?」と聞かれOKします。
レイノルズが採寸の準備をしていると、後から別荘にやってきたシリルも部屋に入ってきてアルマとの挨拶もそこそこにレイノルズと阿吽の呼吸で採寸の記録を始めるので、アルマにもこの姉弟が普通じゃないのが分かるという次第です。
アルマがコンプレックスだと思っていた体型はレイノルズにとっては完璧なサイズで新たなミューズとなると3人で暮らし始めます。
レイノルズのオートクチュールは大人気で、ドレスを作って欲しいと思っていても叶わない女性がいるのを知ると、次々と新しいドレスを仕立ててもらえるアルマは優越感を覚えますが、日常生活ではレイノルズと2人きりになることは無く、朝食時にも少しでも音を立てようものなら不機嫌になるレイノルズとの生活に息が詰まり始めます。
そこでアルマはレイノルズとのサプライズディナーを企画します。
いつもはお手伝いさんが作る料理を自分で作り、シリルには先に休暇を取って別荘に行ってもらって2人きりのディナーを画策しますが、シリルからはサプライズが嫌いなレイノルズは絶対怒るから止めた方がいいと忠告されますが、自信満々なアルマはサプライズを決行します。
しかし案の定ディナーに現れたレイノルズは姉がいないのを不審がり、嫌いなバターでソテーされたアスパラガスが出てくると、これはいったいどういう仕業なんだとキレ始めます。
アルマは「サプライズで喜ばそうと思って」と言いますが、レイノルズは「サプライズは嫌いだ。自分のペースが乱されるのに耐えられない」というと口論が始まります。
怒ったアルマは「じゃあ、私に出てけと言ってよ」とレイノルズに迫りますが、肝心なところはいつも姉に任せっきりなので、自分から出てけと言い出せないレイノルズでした。
これ以降、アルマは生活は共にすれどレイノルズのミューズとしては重用されずオートクチュールのスタッフの1人として閑職に追いやられますが、へこたれませんでした。
このときレイノルズは王女のウェディングドレス製作という大きな仕事にかかりきりでした。
アルマもスタッフに何か手伝えることはないかと率先して下働きを買って出ます。
ウェディングドレスが完成し翌日の納品を控え、あとはレイノルズの最終チェックを残すだけとなった日の朝、アルマは一計を案じます。
別荘滞在時にはお手伝いさんが裏山でキノコを採取して料理してましたが、アルマは密かに毒キノコを集めてすり鉢ですっていました。
それをアルマとレイノルズが初めて会ったときにも注文していた、レイノルズお気に入りのラプサンという独特の匂いのする紅茶に混ぜて出します。
するとレイノルズは王女のウェディングドレスをチェックしてる途中で気分が悪くなり吐いて倒れてしまいます。
汚れたウェディングドレスは超特急で作り直さねばならずシリルもスタッフもかかりきりで作業して間に合うかどうかでした。
アルマは自分が看病すると言うとレイノルズと部屋に引きこもります。
気分は悪いが意識はあるレイノルズは、シリルが医者を呼ぶと言ってもしばらくすれば治ると言って、アルマの看病に頼りきりになるのでした。
翌朝、スタッフが徹夜仕事でドレスを完成させた頃、レイノルズも体調が回復します。
レイノルズは献身的に看病してくれたアルマを無くてはならない存在と考えその場でプロポーズすると、2人は結婚することになります。
大勢の招待客を招いて結婚祝いの晩餐会が開かれますが、レイノルズは常連の顧客から「アルマはあなたのことを見てないわね」と言われるのでした。
結婚した2人でしたが今までと同じで喧嘩が絶えません。
大晦日の日も友人にパーティーに誘われたアルマはレイノルズと行きたいと言いますが、静かにドレスのデザインを考えたいレイノルズは行かないと言います。
しかしアルマは以前より強くなっていて自分一人でパーティーに出かけて行きます。
しばらくデッサンを描いていたレイノルズでしたが、ふと手を止めると大晦日のアトリエは別荘に行ってしまった姉もいなくレイノルズ1人でした。
アルマが気になるレイノルズはパーティー会場まで迎えに行くのでした。
結婚してからというもの、自分の領域にずかずかと踏み込んでくるアルマにレイノルズの調子は狂わされっ放しで、姉に「この結婚は失敗だった」と愚痴りますが、陰でその話をアルマが聞いていました。
アルマは再びシリルがいない時を見計らうとレイノルズにバターでソテーした毒キノコ入りのオムレツを食べさせます。
しかしこの頃になるとバターが嫌いなはずのレイノルズも抵抗することなくオムレツを食べます。
そして案の定具合が悪くなりますが、具合が悪い子供が母親に看病されるがごとくレイノルズは子供返りしアルマに看病されると不思議と安心するのでした。
ラスト、公園を乳母車を押して散歩するアルマ。
ベンチにはレイノルズとシリルが座っていて、シリルに乳母車を預けてレイノルズとアルマが歩き出すとシリルは乳母車をあやします。
大晦日のパーティでダンスを踊るレイノルズとアルマ。
アトリエはアルマが仕切っていて顧客のドレスの仮止めをしています。
ラストシーン、レイノルズがアルマのドレスを仕立ててますが、最初に出会った頃のされるがままのアルマでは無くて、仮止めするレイノルズに針刺を渡すなど2人の共同作業でドレスを仕立てる様子が描かれて映画は終わります。
本作を観終わった直後は毒キノコプレイに目覚めちゃった変態夫婦のお話と思って、ちょっとデヴィッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』を思い浮かべましたね(笑)
実際、2回目以降の毒キノコプレイの後は医者の往診を受けるようになっていて、安全を担保して楽しんでるといいましょうか。
レイノルズは具合が悪くなることで幼児退行を起こし、アルマは代理ミュンヒハウゼンの様相を呈するといいますか、そんな風に思えました。
レイノルズがアルマを見初めたときも、給仕してるアルマは躓いたりして鈍くさかったんですけど、レイノルズと付き合う上でその鈍感力が優位に働いたと思います。
レイノルズの過去のミューズはその気難しさゆえに、レイノルズに対して踏み込めないでいましたが、鈍感力の高いアルマはずかずかと踏み込んでいきます。
電通に鬼十則というのがありますが、その中の「周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる」や「摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる」を地で行く感じだと思いました。
本作はPTA監督の前々作の『ザ・マスター』に比べると、かなりコメディになっていて、オートクチュールの世界や50年代セレブの豪華絢爛さや重厚さがありつつも、単なるラブストーリーに収まることは無く、ダークなコメディで心理ホラーの趣もあって面白かったですね。
PTA監督による映像や音楽(ジョニー・グリーンウッド)や細部に至る美術や衣装(マーク・ブリッジス)なども完璧で、さすが完璧主義者なんですがストーリーが監督の実体験が元になってるというのも面白い話です。
それは普段は仕事に没頭して家庭を顧みないタイプのPTA監督が、ある日インフルエンザで寝込んでしまったそうなんですが、その時に看護してくれた妻の顔を見たら嬉しそうな顔をしていて「このまま俺が1~2週間ほど寝込んでしまえばいいと思ってるのではないか?」という考えが頭をよぎったそうなんですが、そういうエピソードをきっちり脚本に落とし込んでくるのも上手いなぁと思いました。
監督は本作を制作するにあたりヒッチコックの『レベッカ』が念頭にあったそうなんですが、言われればなるほどそういう雰囲気ありますね。
本作は脚本作りにもダニエル・デイ=ルイスが積極的に関与してるそうで、PTA監督もほぼ2人で作り上げた映画と言ってるのですが、ダニエルの引退の理由は本作の撮影中に起きた気持ちの変化だそうで、以下の記事が詳しいと思います。
観客としては先ほど書いたようにコメディ要素はあれど、悲しみに襲われることはなかったので、PTA監督とダニエルを襲った悲しみが何なのか凄く気になります。
エンドロールで「ジョナサン・デミに捧ぐ」のクレジットがあり、そういえば亡くなったことを思い出した『ファントム・スレッド』の鑑賞でした。
鑑賞データ
YEBISU GARDEN CINEMA &シネマデー 1100円
2018年 95作品目 累計88300円 1作品単価929円
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