あゝ、荒野 前篇 評価と感想/時代設定の改変がよい

あゝ、荒野 前篇 評価と感想
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あしたのジョー+B・Bの趣のあるボクシング映画 ☆5点

1966年に発行された寺山修司の唯一の長編小説を時代設定を2021年に変更し前・後篇2部作で映画化。
監督は岸善幸、主演に菅田将暉とヤン・イクチュン

予告編

映画データ

あゝ、荒野 前篇 (2017):作品情報|シネマトゥデイ
映画『あゝ、荒野 前篇』のあらすじ・キャスト・評価・動画など作品情報:歌人、映画監督などマルチな才能を発揮した劇作家・寺山修司の小説を映画化。
http://cinema.pia.co.jp/title/170976/

本作は2017年10月7日(土)公開で全国で40館強での公開です。

東京では丸の内と新宿ピカデリーでかなり前(半年くらい?)から、予告編を目にしていましたが、大手配給じゃないのに前後編って珍しいなと思いましたがU-NEXTでの配信があるから成り立つんですね。

https://video.unext.jp/feature/kouya/

アメリカではネットフリックス作品がカンヌに出品されたりして、映画の上映のされ方も変わってきてますが、日本も新しい上映の形に入ってきてるんだなぁと思います。

監督は岸善幸さん
ああ、是枝裕和監督とテレビマンユニオン同期入社で現在は代表取締役常務なんですね。
前作の『二重生活』が映画初監督だったのか。

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二重生活の感想を読み返してみると、昭和っぽい映像と書いてある。だから本作はマッチしてたのか。

主演に菅田将暉さん
今年は『帝一の國』が興収ほぼ20億円と『銀魂』が40億円弱と大ヒットしてて、このあとは『火花』の公開が控えてます。

主演にヤン・イクチュンさん
監督作の『息もできない』は見たことないんですよね(と思ったらアマゾンプライム会員無料ですね、見なきゃ)。

短編監督作『しば田とながお』は観たことあります。
出演作は『夢売るふたり』を観てます。

共演にユースケ・サンタマリアさん
映画館で見るのは久しぶりで『カラスの親指』以来です。

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他に共演と配役は以下の通りです。

沢村新次/新宿新次: 菅田将暉
二木建二/バリカン建二: ヤン・イクチュン
曽根芳子: 木下あかり
二木建夫: モロ師岡
宮木太一: 高橋和也
西口恵子: 今野杏南
山本裕二: 山田裕貴
曽根セツ: 河井青葉
川崎敬三: 前原滉
七尾マコト: 萩原利久
立花劉輝: 小林且弥
石井和寿: 川口覚
福島: 山中崇
オルフェ: 鈴木卓爾
馬場: でんでん
君塚京子: 木村多江
堀口/片目: ユースケ・サンタマリア

あらすじ

ふとしたきっかけで出会った新次とバリカン。
見た目も性格も対照的、だがともに孤独な二人は、ジムのトレーナー・片目とプロボクサーを目指す。
おたがいを想う深い絆と友情を育み、それぞれが愛を見つけ、自分を変えようと成長していく彼らは、やがて逃れることのできないある宿命に直面する。

幼い新次を捨てた母、バリカンに捨てられた父、過去を捨て新次を愛する芳子、社会を救おうとデモを繰り広げる大学生たち・・・

2021年、ネオンの荒野・新宿で、もがきながらも心の空白を埋めようと生きる二人の男の絆と、彼らを取り巻く人々との人間模様を描く、せつなくも苛烈な刹那の青春物語。

(公式サイトhttp://kouya-film.jpより引用)

ネタバレ感想

寺山修司さんの原作小説は未読ですが、発行されたのが1964年の東京オリンピックの2年後ということで、本作の時代設定を2020年の東京オリンピック後の2021年にしたのは上手い変更だなと思いました。

まず、もしそのまま1966年の設定でやろうとすると『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいにセット組まなくちゃいけなくて予算がかかりますが、2021年の設定なら現在の新宿のままでいけますし、少々無茶な設定でも近未来感が出ます。

映画内では介護の仕事か自衛隊に1年従事すれば奨学金の返済が免除になる選択的徴兵制の社会になっていて、こういうのも2021年の設定だから出来ると思いました。

それから東日本大震災からちょうど10年ということで、震災映画としてのテーマも描けます。

 

映画は冒頭から設定への引き込み方が上手いと思いました。
少年院を出たばかり(まだこの時点では分かりませんが)の新次が封筒に入ったなけなしの金を持って歌舞伎町のラーメン店に入ると近くで爆発が起こります。それは連続爆弾テロなんですが野次馬に店員と隣客が店から出ていくと隣客に提供されたばかりの全部乗せラーメンを食べます。

新次は振り込め詐欺グループの幹部でしたが、3年前に仲間割れから殺傷事件を起こし少年院を出たばかりでした。
兄貴分と慕っていた劉輝がグループナンバーワンで新次がナンバーツー。
詐欺マニュアルを作ったのも新次でしたが、受け子ばかりをやらされていた下っ端の裕二たちが反旗を翻し、鉄パイプで劉輝を襲うと下半身不随の怪我を負わせます。
怒った新次が裕二の仲間が持っていたナイフを奪うと裕二の仲間数人を刺してしまうのでした。

この展開は、この事件を想起させるのでリアリティがあります。

西新宿撲殺事件の“真犯人”に重大証言 « 日刊SPA!
六本木のクラブで起きた藤本亮介さん(当時31歳)撲殺事件の公判が、1つの山場を迎えた。この事件は関東連合メンバーがかねてからの抗争相手と間違え、人違いの末に起きたとされるが、第一報をメンバーに知らせ…

少年院を出た新次は昔の仲間を頼っていきますが、かつて受け子で手下だった男は振り込め詐欺から足を洗いノウハウを生かすと電話営業の会社を立ち上げて成功していました。
その男は新次に500万円くらいの札束を渡すと「もう一緒に出来ない」と言います。
キレる新次でしたが、かつて血気盛んだった仲間たちは冷静で(刑務所に)後戻りするぞと言われます。
3年の間に何もかも変わっていました。
新次は劉輝の居場所を尋ねると知らないと言われ、裕二の居場所なら知ってると言われ向かいます。

新次が向かったのは星雲ボクシングジムというところで、裕二は半グレから足を洗いプロボクサーになっていました。
練習中の裕二に襲いかかる新次でしたが左のボティブロー一発で沈みます。
(因みにこの星雲ボクシングジムは大塚の角海老ボクシングジムですね)

建二は31歳の理容師で吃音で赤面対人恐怖症です。
父親が日本人、母親が韓国人のハーフで10歳で母を亡くすと父に連れられ韓国から日本にやってきました。
いつの頃からか父親は酒におぼれ建二の稼ぎをあてにし暴力をふるうようになりました。

その日建二は店のティッシュ配りをしていると新次が星雲ボクシングジムに殴り込みに行くのを目撃します。
一発でのされてゲロ吐いてる新次を介抱してあげたのが2人の出会いでした。

そこに星雲ボクシングジムの前でチラシを配っていた男が声を掛けてきます。
男は堀口といって海洋拳闘クラブ(海洋と書いてオーシャンと読む)を経営していて練習生を募集してました。
堀口は2人を勧誘しようとオルフェと呼ばれるマスターのいる居酒屋楕円に連れていきます。

オルフェは福島で震災に遭い、身一つで東京に出てきた人でした。
2011年、競馬の皐月賞で全財産40万円をオルフェーヴルからの馬単1点で的中させ、持てたのがこの店でした(40万×37.4倍で約1500万)

皐月賞 レース結果 | 2011年4月24日 東京11R - netkeiba
2011年4月24日 東京11R 皐月賞のレース結果です。出走全頭の着順・払戻、ラップタイム、コーナー通過順、レース映像などがご覧いただけます。

堀口は働き口もあるし寮完備だと言って熱心に勧誘しますが、まだボクシングにピンとこない2人は入会を辞退します。

中華料理屋で働いてる曽根芳子は空いてる時間は立ちんぼのようなことをしています。
知り合いのふりして男に声を掛けるとホテルに誘います。
誰とでも感じる体質でやることはやりますが、相手がシャワー浴びてる間に金を盗んで逃げるってことを繰り返してました。

新次は喫茶店で芳子に出会うと、芳子の手口の餌食となり、なけなしの封筒の金を盗まれ全財産(と言っても1万数千円ですが)を失います。
困った新次は堀口の言葉を思い出し海洋拳闘クラブの門をたたくことになります。

一方、建二は仕事から帰ると父親の建夫が飲んだくれてます。
建夫と喧嘩し皿で頭を殴られると、全てが嫌になり家を飛び出します。
頭を庇って拳を怪我すると、行く当てがない建二が辿り着いたのも堀口のところでした。

堀口のジムには新次と建二しかいませんでした。
建二は拳を怪我していたため、堀口は新次をリングに上げ実力を見ます。
堀口は引退して18年で片目は義眼でしたが、新次は全く歯が立ちませんでした。

翌日、建二は父のいない間に荷物を取りに帰ると貰ったばかりの給料を置いて出ていき、新次と共にジムにある二段ベッドで暮らし始めトレーニングが始まります。

ロードワークのシーンは大久保から新大久保、西新宿の辺りを走ってました。

建二は床屋でそのまま働きながらトレーニングを続け、新次は堀口が世話してくれた老人ホームで働きます。

この老人ホームは元はラブホテルで外観もそのまんまです。
風俗王が社会福祉事業を始めたということでそうなってましたが、近未来の設定なので違和感なく見れます。

新次はある日、ロードワーク中に立ち小便をしに廃墟に入ると、青姦してるカップルを覗き見しながらオナニーをしてる変態に出会いますが、後になるとこの人物が新次が働いている老人ホームの経営者で風俗王でEDの宮木だということが分かります。
宮木はボクシング好きで堀口を支援してました。

一方、堀口は2人のために新しいトレーナーを入れたいと考え宮木に資金援助を申し出ますが、却下されます。
堀口は朝は清掃の仕事、夜は熟年ホストとして働くと、自身の師匠である馬場を迎え入れます。

馬場役がでんでんさんなので、雰囲気からしてあしたのジョーの丹下段平を思わせますが、堀口の義眼と馬場を併せて眼帯してる丹下段平という感じでしょうか。
練習シーンもきっちり描かれるんで、邦画のボクシング映画としては久々に見応えがあります。

この後2人はプロテストに合格し、デビュー戦が決まります。
生真面目な建二はデビュー戦の相手のとこまで挨拶に行ってひと悶着あったりが描かれます。

デビュー戦は建二が逆転KO負け(失神したフリをしたおまけ付き)、新次が10数秒でKO勝ちとなります。

これらのことと平行して、新次と建二と芳子の過去が描かれます。

新次は子供の頃、父親が自殺すると母親に教会の養護施設に預けられ捨てられます。
養護施設ではいじめられてばかりいましたが、救ってくれたのが劉輝でした。
以降、劉輝を兄と慕っていたので下半身不随にした裕二への恨みは相当なものがありました。
教会の神父さんに劉輝の居場所を聞いて会いに行きますが、車椅子バスケットボールをしている劉輝に声を掛けることが出来ませんでした。
そして劉輝は裕二をとっくに許してるということを知りますが、その現実も受け入れられません。

建二の父と母は、父が自衛隊員、母が新宿のホステスとして出会います。
父が酒に溺れるようになったのは部下が複数人自殺して自衛隊を辞めてからで、健二が家を出てからはホームレスになります。
ガソリンを買う金もなく公園で焼身自殺するふりをしてるところを大学生の川崎が主宰する自殺防止研究会に救われ、研究会が運営する施設に入れられます。

芳子も福島出身で子供の頃に母と生き別れになっていました。
芳子が立ちんぼのようなことをしてるのは、母が売春してたからで、自宅に男を入れるとその間は外で待たされていました。

新次と芳子が再会するのは、ひょんなことからで、プロテスト合格祝いで楕円で飲んだ後に堀口たちと中華料理屋に寄ると、そこで働いてたのが芳子でした。
ボクシングを始めて健全な精神が宿り始めていた新次は芳子を許すと、段々仲良くなり付き合うようになります。
新次が芳子の家に行って告白してセックスする流れになりますが、堀口にボクサーはセックス禁止と言われてたのを思い出すと途中で止めます。
このときサガミオリジナル0.01が映りますが、エンドロールを確認すると相模ゴム工業(株)が協賛してました。

デビュー戦を勝った新次の次の相手が決まります。
星雲ボクシングジム所属の選手で裕二の取り巻きでした。

デビュー戦KO勝ちの評判を聞いて宮木が試合を見に来ると様々なことが明らかになります。
まず新次が会った変態が宮木だと分かります。
また宮木の秘書の君塚が新次を捨てた母だと分かります。
そして新次は2戦目も2RKO勝ちを収めます。

川崎が主宰する自殺防止研究会は自殺防止フェスティバルを開催します。
鉄骨を櫓状に組んだステージで大駱駝艦による前衛舞踊が披露されるのは寺山原作を意識してのことだと思います。

舞踊が終わると、川崎が保護した自殺志願者4人を公開自殺させようとしますが、その中に建夫もいました。
川崎曰く、死にたい死にたいと口にする人が、実際に死の間際になったらどんなことを思うのかを知りたいとのことでネットで中継されてました。
死刑台のように踏板が落ちる首吊り装置に繋がれた自殺志願者たちは次々に死にたくないと口にします。
その中の1人、電力会社でクレーム対応係だった福島は「これは殺人だ」と憤っていました。
建夫も死なず全員が助かりますが、主宰する川崎に非難の声が上がると、川崎は用意していたドローンの発射装置を使って自殺してしまうのでした。

オルフェの経営する居酒屋楕円には新しい人が入ります。
その人は曽根セツという名前で芳子の生き別れた母でした。

 

前篇ではこの辺までが描かれ、映画の終わりに後半の予告編が流れますが、新次の母の君塚によると、新次の父の自殺と建夫が関係してることが示唆されます。

 

ボクシングシーンが始まってしまえばわりとオーソドックスなボクシング映画なのですが、本作は導入部のくだりがなかなか強烈で、爆弾テロのシーンであったり、枕泥棒をする木下あかりさんの激しい濡れ場だったり、振り込め詐欺グループの乱闘シーンだったり、髙橋和也さん演じる宮木のバイアグラ必需の変態性だったり、菅田将暉さんの歌うチンポの歌のシーンだったりと、多くのシーンで映画のフックになり前篇だけでも157分の長尺ですが飽きさせません。
下ネタ多め、ボクシング映画ということで男性の方がハマると思いますが、女性の観客にはどう映るんだろ?

吃音という役柄であまり喋らないヤン・イクチュンさんの佇まいも素晴らしく、兄貴と慕う菅田将暉さんとのコンビも素晴らしかったです。

木下あかりさんはデビューした頃の南果歩さんに似てましたね。

モロ師岡さんはボクシング映画ということで『キッズ・リターン』の後輩潰しの先輩の成れの果てじゃないよな?と思ったりしました。

まだ前篇だけの鑑賞ですが、自分の中ではボクシングのような将棋映画だった『3月のライオン 前編後編』に匹敵してくる映画で、後篇が早く観たいです。

2017年11月4日追記

後篇の感想はこちらです。

あゝ、荒野 後篇 評価と感想/投げっ放しジャーマンというしかなく
後篇で一気に失速 ☆3.5点 1966年に発行された寺山修司の唯一の長編小説を時代設定を2021年に変更し前・後篇2部作で映画化。 監督は『二重生活』の岸善幸、主演に菅田将暉と『息もできない』のヤン・イクチュン 予告編 映画データ 本作は2...

鑑賞データ

渋谷シネパレス メンズデー 1000円
2017年 173作品目 累計185100円 1作品単価1070円

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