先進国が抱える閉塞感 ☆5点
予告編
映画データ
わたしはダニエル・クレイグ
最初にタイトル見たときにはそう思ったんですけど、映画を観たらそんな冗談は言ってられないほどヘビーでやるせなく、心えぐられる社会派ドラマでした。
ケン・ローチ監督作品は初めて観ました。
小難しい作品が多いのかな?と思ってたんですが、とても分かりやすくて見やすかったです。
心ガリガリと削られましたけど。
あらすじ
イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。
(公式サイトより引用)
ネタバレ感想
主人公のダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)はニューカッスルに住む59歳(60半ばくらいかと思いました)。
大工一筋40年で気のいい下町のおっちゃんという感じです。
子供はいなくて妻は病気で亡くし妻の介護と仕事を両立させてましたが、今は心臓が悪くドクターストップがかかって休業中です。
なので国から手当をもらってましたが、更新の際に、国から委託された民間会社の職員による審査で基準に達しなくて手当を打ち切られてしまいます。
役所に文句を言いにいくと、再審査の手続きをするように言われますが、その手続きがえらい難しい。
オンラインでどうちゃらとか、役所のアポ取るにもネット予約でとか、パソコンを使えないダニエルにはちんぷんかんぷんです。
そんなときに同じように手当を打ち切られ、2人の子供を連れて役所に事情説明をしに来ているシングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)を見かけます。
紋切り型の対応に憤るケイティを見てダニエルが加勢しますが、役所の職員の対応は変わらずけんもほろろでした。
聞けばケイティはロンドンからニューカッスルに越してきたばかりとのことでダニエルと仲良くなります。
ケイティ親子と交流を深めるうちに引っ越してきた訳を知ります。
ロンドンで住んでた家の雨漏りが酷く、下の子のディラン(ディラン・フィリップ・マキアナン)が体調を崩したので、大家に文句を言ったら追い出され、2年間はホームレスの宿泊施設で暮らしていたとのことでした。
宿泊施設は親子3人1室で狭く、ディランの情緒も不安定になり、ロンドンはあらゆる物価も高いってことで越してきたとのことでした。
ただシングルマザーに至った若気の至りも反省していて、上の子のデイジー(ブリアナ・シャン)は18歳で生み、デイジーとディランの父親は違いました。
ダニエルも無職なので、この親子を助けることは限られてるんですが、家を直したり大工仕事をやってあげます。
ケイティはお礼にと晩御飯を御馳走してくれるのですが、それは自分の分をダニエルに回していて、皆貧しいけど心は優しくてホント泣けます。
ダニエルの家の隣には、チャイナと呼ばれる黒人青年(ケマ・シカズウェ)が同年代の若者とルームシェアして住んでいます。
ゴミ出しのマナーがなってなくてダニエルはいつも文句を言ってますが、関係は良好です。
チャイナもしがない肉体労働でバイトの身ですが、中国から非正規のルートで安く仕入れたスポーツシューズを売って成り上がろうとしています。
若いだけあってネットには明るく、パソコンで躓いているダニエルを手伝ってくれます。
ただ当初、再審査して以前のように手当が戻ればいいと簡単に考えていたところ、役所の判断ではダニエルは働けるってことになって、就職活動をしないと手当はもらえないなど、状況がどんどん悪くなっていきます。
オンラインでジョブ登録しろだの、履歴書の書き方講座を受講しろだのと、関係ないことばかり役所は押し付けてきます。
履歴書の書き方講座なんかは、その講師を潤わせるためにあるだけで、全く受講者の身になってませんでした。
ケイティ親子はフードバンク受給者だったのでダニエルが付き添ってあげます。
長い列に並んでやっとケイティたちの番がやってきます。
生活に必要な物を次々と袋に詰めますが、生理用品がありません。聞けば寄付が少ないとのこと。
袋に詰めてる最中、ケイティはあまりの空腹に思わず棚にあった、食料を食べてしまいます。
咎めるような行為では無いのですが、恥ずかしさや惨めさから泣きじゃくるケイティに気にすることは無いと励ますダニエル。
もう自分のご飯をダニエルに回してるのを見てるから涙ちょちょ切れましたホントに。
ダニエルも頑張って就職活動をします。
オンラインとか使えないんで、歩いて工場とか回って履歴書を渡してきますが、役所の担当者に言ったらそれじゃ就職活動したことにならないと。証拠が無いから。回った所とか写メ撮って添付しなきゃダメとかそんな難しいこと出来る訳ないのに。
ケイティはスーパーで万引きしてしまいます。生理用品とか。
警備員に見つかり、店長のところに連れていかれますが、なぜか許されます。
帰り際、警備員にいい仕事があるから困ったら電話してとメモを渡されます。
夜、ケイティが寝てるとデイジーが布団に入ってきます。
聞けば学校でいじめられてると。
靴が壊れたからだそうで、接着剤で付けたばかりでしたが、新しいのを買ってあげると約束します。
また学校の友達にフードバンクを受給してるのを見られたとも言います。
お金が必要なケイティは警備員に電話します。
喫茶店で警備員から金髪マダムを紹介されます。その間、家で子供たちをダニエルに見てもらってました。
家に帰ってきたケイティは、ダニエルにシングルマザーを支援してくれる組織だったと言い、皆で夕食を摂ります。
ダニエルがディランを見てくれるようになってから情緒が安定したきたことを感謝するケイティ。
食事が終わりダニエルが帰ろうとすると、ケイティの家の前にエスコートクラブと書かれた封筒が落ちていて、中に警備員の電話番号が書かれたメモがありました。
とある建物の一室にやってくるダニエル。
受付で金を払うのかと聞くと中で払えとのことで、扉を開けると下着姿のケイティ。
そこは売春宿で、おそらくスーパーの店長と警備員はグルで、貧困者を斡旋するルートがあるのでしょう。
ダニエルはこんなことはいけないと諭しますが、お金が必要なケイティは絶交すると言います。
役所に相談に来るダニエル。
相変わらずの対応に怒りを爆発させます。
役所の壁にスプレーで「わたしはダニエル・ブレイク」と書いて行政への不満を書き連ねます。
街行く人々は拍手喝采しますが警察に逮捕されてしまいます。
警察からは初めてということで厳重注意で釈放されます。
家財道具一式を売り払って引きこもるダニエル。
心配したデイジーがやってきて、お母さんも元気がないと言います。
そして、ダニエルに聞きます。「私たちを助けてくれた?」と。
ダニエルは私たちを助けてくれた。だから私たちもダニエルを助けてあげたいって。
ケイティに人権派の弁護士を紹介してもらって2人で訪れると、ダニエルのケースでは手当が支給されるはずで、役所の手続きは不当だと。喜ぶダニエルとケイティでしたが、トイレに行ったダニエルは心臓発作で帰らぬ人となってしまいます。
ダニエルのお葬式。
スピーチするケイティは朝9時の葬式は貧者の葬式の時間と言います。
使用料が安いから。
ケイティが最後に役所宛てに書いたダニエルの手紙を読んで映画は終わります。
もう終始、胸を締め付けられる展開で心が苦しかったです。
イギリスの社会事情を描いてますが、日本でも生活保護を貰わず餓死した事件などを、遡って描いていけばこのような話になるんじゃないかと思いました。
本作は2016年・第69回カンヌ国際映画祭パルムドール作品ですけど、2015年の第68回で男優賞を受賞したフランス作品『ティエリー・トグルドーの憂鬱』も同じようなテーマじゃないかと思います。
(観たかったのですが、未見です)
フランス・イギリスの両大国を覆う社会への閉塞感は、日本を含む先進国すべてに有るのではないかと思います。
アメリカ映画でもこういうのが出てきてよさそうだと思うんですけど、ハリウッド映画の景気のよさに隠れて中々見えません。
アメリカだとマイケル・ムーアが撮りそうな感じでしょうか。
最近の邦画でわりと近い描写があったのは橋口亮輔監督の『恋人たち』です。
本来、私たちの社会って、もっとシンプルで単純なものだと思うんですけど、一部の不行き届きの者のせいでルールが作られ、制度が複雑化し、がんじがらめにさせられていく。
そこには善悪の感情などなくて、ルールを熟知している者、システムを構築している者が有利な世界で、そうでない者はどんどん切り捨てられていく社会。
それを是正していくには教育しかないのですが、その教育も塾などに通えて受験のシステムを熟知してる人に有利に働いていて『愚行録』のような人間を生み出してるという悪循環。
人間形成をする場がシステムの判定を下すためのコンピューターのような人間を作成する場になっているのは、森本学園の問題に揺れる財務省や天下りばっかりしている文科省を見れば分かりやすいと思いましたし、本作で描かれてるようなことは年金機構を見れば社会保険庁や厚労省は何やってんだってなります。
ダニエル・ブレイクは言います。「役所なんて仕事してない」
鑑賞データ
ヒューマントラストシネマ有楽町 TCGメンバーズ料金 1300円
2017年 47作品目 累計45500円 1作品単価968円
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