判決、ふたつの希望 評価と感想/どの国にも通じる普遍的な物語

判決、ふたつの希望 評価と感想
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エンタメ作品として仕上げたのが素晴らしい ☆5点

2017年の第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で男優賞を受賞し、2018年の第90回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたレバノン映画。
自動車修理工場を営むキリスト教徒のレバノン人男性と工事現場監督のパレスチナ人男性の些細な口論から始まる裁判を描いたドラマ。
監督はジアド・ドゥエイリ、主演にアデル・カラムとカメル・エル=バシャ

予告編

映画データ

http://cinema.pia.co.jp/title/175461/

本作は2018年8月31日(金)公開で、全国4館での公開です。
今後順次公開されて、最終的には53館での公開となるようです。
日本での配給はロングライド

全然関係無いですけどロングライドって有限会社だったんですね。

有限会社ロングライド
LONGRIDE - 映画配給会社ロングライドの公式サイト。劇場公開情報を随時更新。

劇場での予告編は3か月以上前からシャンテに行く度に見てて、面白そうだなと思っておりましたが、東京でもTOHOシネマズシャンテだけの上映なんですね、もったいない。

映画『判決、ふたつの希望』都内で全回満席の大ヒット!! 全国 4 館から 50 館まで拡大上映決定! – CINEMATOPICS

監督はジアド・ドゥエイリ
レバノン人の監督さんなんで初めましてです。
レバノン映画を見るのも初めてです。

主演にアデル・カラム
この方もレバノン人の役者さんなんで初めましてです。

主演にカメル・エル・バシャ
この方は東エルサレム出身のパレスチナ人です。
ヴェネツィアで男優賞を受賞した方になります。

他に共演と配役は以下の通りです。

トニー・ハンナ: アデル・カラム
シリーン・ハンナ: リタ・ハーエク
ヤーセル・サラーメ: カメル・エル・バシャ
マナール・サラーメ: クリスティーン・シュウェイリー
ワジュディー・ワハビー: カミール・サラーメ
ナディーン・ワハビー: ディヤマン・アブー・アッブード
タラール所長: タラール・アル=ジュルディー
シャヒーン判事: カルロス・シャヒーン
コレット・マンスール判事: ジュリア・カッサール
サミール・ジャアジャア: リファアト・トルビー

あらすじ

レバノンの首都ベイルート。その一角で住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人の現場監督ヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れをめぐって諍いを起こす。このときヤーセルがふと漏らした悪態はトニーの猛烈な怒りを買い、ヤーセルもまたトニーのタブーに触れる “ある一言”に尊厳を深く傷つけられ、ふたりの対立は法廷へ持ち込まれる。
やがて両者の弁護士が激烈な論戦を繰り広げるなか、この裁判に飛びついたメディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから裁判は巨大な政治問題を引き起こす。かくして、水漏れをめぐる“ささいな口論”から始まった小さな事件は、レバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった……。

公式サイトより引用)

ネタバレ感想

中東、レバノン、ベイルート、パレスチナという単語を聞くと難しそうと思いますが、世界各国どこにでも共通しそうな話で面白かったです。

日本だとこれに近いかな。

ヘイトスピーチ、在特会の損賠責任認める 最高裁 - 日本経済新聞
ヘイトスピーチと呼ばれる差別的発言の街宣活動で授業を妨害されたとして、学校法人京都朝鮮学園(京都市)が「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などを訴えた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(山崎敏充裁判長)は10日までに、在特会側の上告を退け...

監督のジアド・ドゥエイリはレバノン人ですが、20歳でアメリカに渡って15年間アメリカにいる間にクエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』や『パルプ・フィクション』のカメラアシスタントを務めていたので、見せ方がハリウッド的といいますか、エンターテインメントを心得ているので日本人にも分かりやすいんです。

レバノン「キリスト教徒」「ムスリム」の大論争  映画『判決、ふたつの希望』監督インタビュー--フォーサイト編集部
「一番キツかったことは、実は映画をつくった後に待っていたのです。 国家や政党が映画の公開に圧力をかけてきたのです」

物語のあらすじはこうです。

ある日、工事現場監督であるヤーセルが作業員たちとアパートの下の道路で打ち合わせをしてると水が掛かります。
上を見るとトニーが自宅のバルコニーで花に水をやるのにホースで水を撒いてるのですが、排水管が道路に向けて剝き出しになってます。
ヤーセルはトニーの家を訪れて、排水管を修理させて欲しいと言うのですが、けんもほろろに断られます。
仕方なくヤーセルはトニーの許可を得ず、雨どいみたいに排水管を壁伝いに這わせる修繕工事をするのですが、トニーは取り付けたそばからプラスチックの排水管をトンカチで破壊します。
それを見て怒ったヤーセルはトニーに「クズ野郎」と暴言を飛ばすのが最初のトラブルになります。

最初はこのシーンを見てて、ヤーセルが無許可で修繕したのはやり過ぎじゃないのかな?と思ったんですが、どうやらアパート全体の修繕を市から請け負ってるみたいで、そういうのは物語が進んでいく内に追い追い分かるようになってます。

「クズ野郎」と暴言を吐かれたトニーは建設会社の社長にクレームを言いに行くんですが、社長曰く、ベイルートではアパートのバルコニーは違法建築らしく、喧嘩両成敗で事を収めませんかと打診するのですが、トニーはヤーセルに謝罪させろと一歩も引かず、謝罪が無ければ会社を訴えると言い出す始末です。

社長はヤーセルの現場監督としての腕は買ってるのですが、親パレスチナ寄りな議員の下に付いて公共工事を受注してる手前、事を大きくしたくなく悩みます。
仕方無いので社長は謝罪を渋るヤーセルを説得して、二人で菓子折りを持ってトニーの自宅に謝罪に行きますが、トニーは留守で妊娠中の奥さんのシリーンが応対してくれます。

シリーンは「夫も悪くて」と菓子折りを持ってきてくれたことに恐縮しますが、シリーンから話を聞いたトニーは「菓子折りなんかで妻を丸め込みやがって」と、社長の元に菓子折りを突き返しにきて、あくまでヤーセルの直接の謝罪を求めます。

社長は渋るヤーセルを再び説得すると、日曜日に独りで作業しているトニーに予め確認を取って、トニーの経営する自動車修理工場に向かいます。
社長はヤーセルが謝罪するために、前振りとしてトニーと話していると、工場にあるテレビからは大音量である演説が流れてるのでした。

その演説はキリスト教右派で反パレスチナのレバノン軍団の指導者バシール・ジュマイエルによるものなんですが、当然のように鑑賞中は誰だか(知識が無いので)分かりません。
ただ、パレスチナ人排斥を訴えているので、日本でもお馴染みのヘイトスピーチだというのはすぐ分かり、自分の国の事として置き換えられるので難しくないんですね。

参考 レバノン軍団 – Wikipedia

レバノン人とパレスチナ難民の口論が国家を揺るがす裁判に:『判決、ふたつの希望』
<人種も宗教も異なるふたりの男の間に起きたささいな口論が、国を揺るがす裁判沙汰となるレバノン映画が、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた> レバノン映画として初めてアカデミー賞の外国語映画賞にノ...

映画の冒頭でトニーはある集会に出席してて、その時はよく分からないのですが、それはレバノン軍団の集会で、ここに至ってトニーはレバノン軍団の熱烈な支持者で反パレスチナであることが分かります(日本でいうネトウヨみたいな感じ)

そんなヘイトスピーチが大音量で流れる中、ヤーセルが謝罪するっていう方が無理なんですが、社長とトニーが話し終わってヤーセルが謝罪するのを躊躇してると、トニーはヤーセルに向かって「お前もシャロンに抹殺されていればな」と言い放ちます。
堪忍袋の緒が切れたヤーセルがトニーを殴って肋骨を2本骨折させたので、傷害事件の刑事裁判となってしまうという訳です。

イスラエルのシャロン元首相死去、85歳 評価分かれる
【1月11日 AFP】(一部更新)8年前から昏睡(こんすい)状態にあったイスラエルのアリエル・シャロン(Ariel Sharon)元首相が11日、入院先のテルアビブ(Tel Aviv)近郊の病院で死去した。

裁判ではヤーセルはトニーを殴って怪我をさせたことは素直に認めますが、トニーへの謝罪は無く、謝罪するくらいなら懲役を選ぶといった態度です。
トニーも裁判長にヤーセルが謝罪さえしてくれればと言いますが、裁判長が何がきっかけでヤーセルがトニーを殴ったのかを聞くと、双方共に口を閉ざしてしまいます。

ヤーセルはトニーに言われた言葉を証言すれば情状酌量の余地もありそうなんですが、投げつけられた言葉にカッとなって手を出したんだからその責任は取るというスタンスなんでしょう。
トニーは自身の発言が差別的であるのは自覚してて証言すれば不利になるので口を閉ざしますが、その後ろめたさが却って発言を攻撃的なものにしてて、興奮してくると裁判長にまで悪態をつき始めたためトニーの心証は悪くなります。
結局、裁判長は証拠不十分ということでトニーの訴えを退け、ヤーセルに無罪を言い渡します。

ヤーセルから謝罪の言葉を引き出せなったトニーは悔しくて眠れず、気持ちを紛らわすために夜中に独りで修理工場に出かけ作業をしますが、無理がたたって倒れてしまいます。
妻のシリーンは夫がベッドにいないのに気づくと工場で倒れているトニーを見つけます。
トニーは過労で軽い入院となりますが、夫を運ぼうと無理したシリーンが切迫早産となってしまい、生死の淵を彷徨う超未熟児が生まれてきてしまうのでした。

これまでのシリーンは社長とヤーセルが菓子折りを持ってきたときに受け取ってたように、ヤーセルに一定の理解を示しててトニーの行動に呆れてましたが、赤ちゃんがこのようなことになるとトニー夫婦は深く悲しみ、怒りの矛先はヤーセルに向かいます。

トニーはシリーンが切迫早産になったのもヤーセルのせいだと考えると、控訴を決意しキリスト教右派系の大物弁護士ワジュディー・ワハビーに相談すると、イケるという流れになり再びヤーセルを訴えます。

再び訴えられたヤーセルの方は弁護士を雇う費用などありませんでしたが、どこからか聞きつけた人権派の女性弁護士ナディーン・ワハビーが難民キャンプで暮らすヤーセル夫妻の前に現れ弁護を買って出ます。

控訴審が始まるとワジュディーとナディーンが父娘であることが分かり、裁判は右寄りな父と左寄りな娘の対決という様相も帯びてきます。

ワジュディーはヤーセルの過去の暴力事件や人間性を掘り起こして断罪し、ナディーンも暴行のきっかけとなったトニーの暴言を明らかにすると、裁判は傍聴席も巻き込んで泥沼の様相を呈してきます。

そして裁判を傍聴していた新聞記者が記事にしたことから、レバノン軍団とパレスチナ人の対立を生み、裁判は場外乱闘の様相を呈してきます。

ヤーセルの裁判がマスコミの注目を浴びるようになると、仕事に支障が出始めていた建設会社の社長はまとまった金を渡しヤーセルを解雇せざるを得ませんでした。

一方、トニーの方にも強迫行為と思われることが続き、自動車修理工場の壁にダビデの星のいたずら書きをされてしまいます。
トニーは知らせてくれた従業員たちと壁を眺めていると、現場から立ち去る不審なバイクを見つけ皆で追いかけます。
焦ったバイクは交差点で車と激突し事故を起こしてしまいますが、トニーたちが犯人と思ったのは勘違いで、ピザの配達をしていたパレスチナ人の青年で重体でした。
このことがニュースで報じられると各地で暴動が起き、遂には大統領が2人の仲裁に入ることになります。

大統領府に呼ばれた2人は大統領に説得されますが、結局は和解に至りませんでした。
しかし、帰り際に2人の間に僅かな変化が見られます。

大統領府を出て駐車場に向かった2人はそれぞれの車で帰ろうとすると、ヤーセルの車のエンジンがかかりません。
トニーは一旦車を走らせますが、すぐに戻ってくると、ヤーセルを運転席に座らせたままボンネットを開けエンジンを直してくれるのでした。
車を修理したトニーは颯爽と去っていき、それを見つめるヤーセルの目には僅かな絆が生まれたようでもありました。

この頃になると、そもそもの発端の水撒きで水が掛かったのは偶然ではなく、ヤーセルがパレスチナ人だと分かって故意にトニーが水を掛けたことが分かるのですが、では何でトニーはパレスチナ人を憎むのか?ということが明かされていきます。

次の裁判ではワジュディーがスライドを使って、トニーの悲しい過去を明かしていきます。

トニーは映画の冒頭でも触れられてるんですが、レバノンのダムールという街の出身です。
妊娠したシリーンはベイルートみたいな都会じゃなくて、あなたの故郷のダムールで暮らしましょうよと言うとトニーが嫌がるんですが、これがトニーの悲しい過去の伏線になっています。

ダムールの街はレバノン内戦時に大量虐殺があったところで、報復に次ぐ報復により、パレスチナ人とイスラム教徒がキリスト教マロン派の住人500人を虐殺したところで、幼いトニーは父親と命からがら逃げてきた過去がありました。

辛い記憶に蓋をしていたトニーはスライドを途中で止めると、傍聴席にいた父親と法廷を後にします。

トニーはダムールの街を子供の頃に出て以来に訪れると、自身の過去と向き合い今回の騒動に折り合いを付けたようでした。
幸いにして超未熟児だった赤ちゃんも保育器から外れ、自宅に迎え入れることができました。

トニーがベイルートに戻って工場で作業をしてるとヤーセルがやってきます。
裁判でトニーの悲しい過去を知ったヤーセルは、トニーがヤーセルに悪態を付いたように、ヤーセルもトニーに悪態を付くと、トニーをわざと怒らせて自身を殴らせます。
そして、ヤーセルはすまなかったと言って去っていくのでした。

映画的には判決を待たずして2人の間に決着がつくんですが、ヤーセルの行動はハンムラビ法典的と言えると思います。

Vol.4:なぜハムラビ法典は復讐法と言われるようになったのか?
Vol.4:なぜハムラビ法典は復讐法と言われるようになったのか?をご紹介します。玉川大学院の公式サイト。玉川大学院は文学、農学、工学、マネジメント、教育学、脳情報の研究科や教職大学院があり多彩な教育・研究を実践します。

復讐法と勘違いされる「目には目を歯には歯を」のハンムラビ法典ですが、本来は復讐の連鎖を断ち切るのが目的で、トニーとヤーセルの間には復讐の連鎖が断ち切られたんだと思います。

2人の意志を飛び越えて大きなうねりとなった裁判はヤーセルの無罪で結審します。
トニーもヤーセルも静かに判決を受け入れると、それぞれの支持者に感謝し法廷を後にします。

裁判所を先に出たトニーは車に乗り込むと、裁判所から出てきたヤーセルと目が合い、2人は穏やかな笑みを浮かべて映画は終わります。

 

たぶん、本作をエンタメっぽく仕上げたことに不満の声もあるかもしれませんが、下のインタビュー記事なんかを読むと逆に凄いなと思いました。

揺れる政治の中に一瞬の機会 レバノン初アカデミー賞候補『判決、ふたつの希望』:朝日新聞GLOBE+
ジアド・ドゥエイリ監督が語る「作品がたどった薄氷の道」この映画がもっと早く、あるいは遅くに完成していたら、レバノン初のアカデミー外国語賞ノミネートはなかったかもしれない。レバノン・仏映画『判決、ふたつの希望』(原題: قضية رقم...

中東の問題ってディテールを掘り下げることで、いくらでも堅くて難しい高尚な映画に仕上げることも出来ると思うんですけど、最初の方に上げたフォーサイトの監督インタビューにあるように、監督は「ご覧になってくださる方々には、楽しんでいただきたいのと、全然難しくないからね」と言っていて、どの国にも当てはまる普遍的な物語に仕上げているのが素晴らしいと思いました。

しかも、それでいて上映のためにベイルートに入ったら身柄を拘束されるという、欧米や日本の映画製作では考えられないような経験もしているんですが、それをまたさらっと語れるのも凄いと思います。

監督のインタビューを読んでいると、自身に批判があるのも理解していて、物事を両面的に見ているのが素晴らしいなと思うのですが、本作でもそれが現れていて、国際的に見るとパレスチナは被害者一辺倒で同情を買う存在ですけど、そのパレスチナも加害者であることを描いてます。

ただ、それは事実として描いてるだけで批判している訳ではないのですが、臭い物に蓋をするようにパレスチナ人にはボイコットされてしまいます。
しかしこれは日本でも『不屈の男 アンブロークン』や『万引き家族』のときに起こっていて、遠い中東の国に限らない共通する出来事なんですよね。

「アンブロークン」の反日デマを形成した保守メディアとネット右翼 - ライブドアニュース
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昨年公開された『否定と肯定』のときにも書いたんですけど、ドゥエイリ監督のように物事を両面から見ないで、初めから批判や否定から入ってしまうと相互理解は進まず、いつまでも対立したままなんだろうなと思いました。

否定と肯定 評価と感想/冷静な弁護団と感情的な依頼人
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鑑賞データ

TOHOシネマズシャンテ 1か月フリーパスポート 0円
2018年 140作品目 累計125100円 1作品単価894円

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